労働組合の活動の在り方が問われる時代変化

可能な限り安い労働力で付加価値の高い製品を製造して利益を上げるという考えで経営している経営者が今どれだけいるのでしょう?
そしてそのような労働者を救うという労働問題はどれだけ存在するのでしょう。

少なくとも能力のない経営者はおそらく存在できない時代となっています。現実は優秀な社員をどれだけ確保するかで企業の成長と業績は決定する時代です。なので優秀な社員確保の為に経営者は高額な賃金も厭いません。

ところが問題なのは誰しでもが優秀な人間ではありません。(少なくとも会社の仕事において)
そしてその大多数の人間は特別な能力を持っているわけではありません。優秀な社員だけが生きる権利があるわけではなく、そうでない人間にも働き生きていく権利はあります。
問題なのはそういう人達が生きていく糧となる賃金をどのように獲得していくのかです。
馬鹿でない限り、多くの経営者はこの一般的な人間をどのように働き、成果を上げるのかに取り組んでいます。そしてその一般的社員が消費者でもあります。

それを今から70年ほど前の思想での労働運動者達は明らかに時代を見誤ています。つまり労働者を奴隷のように働かせる経営者はそんなにいるわけでもありません。そんなことよりも、会社での仕事をそのような対比で見るのでなく、労働者一人一人が自分の頭で考え、自分の賃金をどうしたら増やせるのか、働く環境を良くできるのか、それには自分の所属しる企業の収益をどうしたら最大化できるのか考えることです。
一部の強欲な企業経営者を除き、大多数の日本の経営者は社員を酷使して利益を上げる人はいません。

おそらく今後日本の企業は賃上げを継続していくことでしょう(政府まで賃上げを掲げています)。それは人材の確保という至上命題があるからです。問題なのはこの賃上げ(インフレ含み)による社員側の取り分(所得税・地方税・消費税・社会保険料を除き)増やせるかです。これは企業ではできません。
つまり労働者問題は企業との対決姿勢という旧態依然とした思想から「税」という新たな敵との対決なのです。これも新たな仕組みが必要です。

税務署&会計事務所との関係に似ています。多くの会計事務所は企業の為ではなく、会計事務所存続のため、ミニ税務署としての働きをします。
労働組合と労働基準監督所もこの関係に似ています。労働組合は時として労働基準監督所の回し者のようは働をすると共に、労働基準監督所は逆に労働組合のような働きをします。
つまり型だけが生き残ったのです。

スーパーのレジから人間が抜け、レストランから料理のオーダーから配膳まで人間が抜け機械システム化されています。この動きは益々自動化が進むでしょう。
工場や倉庫は機械・ロボットが進んだ時、労働者がロボットに置き換わった時に、労働組合はロボットの支援に回るのでしょうか?

どちらにしても既得権を守るための労働組合が本当に必要なのか?
ただの「あれが欲しい」「こうして欲しい」というスーパーのレジ前で床に寝転がり駄々をこねる集団と化するのか?

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