いつもの心臓外科医との会話から見える自分のダメさ

昨日、心筋梗塞手術後の定期検査で病院に行きました。
待合室には多くの患者がいて、かなり待たされました。

そのことを担当医に伝え、「DXなどで改善できるのではないか」と話したところ、話題は病院の赤字経営の話に変わりました。

担当医は、「日本の病院の多くは赤字で、それは政治の問題だ」と言います。
しかし私は、「赤字は経営の問題であり、国や行政のせいにしても解決しないのではないか」と伝えました。
すると、「病院や医師に責任はない」と反論され、思わぬ形で会話が終わりました。

このやり取りから、私は「これは自分たちの会社や社員にも似ている」と感じました。
医師が政治や役人のせいにするように、仕事でも上司・同僚・取引先のせいにする場面は多く見られます。

そして、よく考えてみると、自分自身も同じような話し方をしていることに気づきました。
何気ない会話の中で、知らず知らずのうちに誰かのせいにしてしまう。
その結果、相手から責められるような雰囲気になることもあります。

しかし、当然ながら、人のせいにしても問題は解決しません。
むしろ、多くの人がこの「誰かのせいにする」という考え方に陥っているのかもしれません。

私たちはつい、「あの人のやり方が悪い」「この考えに問題がある」と、原因と責任の所在を特定しようとします。
しかし、本当の問題はそこにあるとは限りません。

一方で、「原因はこれだ」と自信を持って断言する人もいます。
そうした強い言葉には説得力があり、多くの人はそれに同調しやすくなります。
時には、異なる意見を言うと感情的に否定されることもあります。

答えがすぐに見えない問題に対しては、
自信を持って断言してくれる人を信じたくなるのも無理はありません。
特に、大学病院の医師のような権威ある立場の人の発言は、なおさら影響力が大きいものです。日常的に会社の中でもこれに似た現象がおきます。テキパキと仕事をするリーダーに敬重する社員の心理も同様です。そのリーダーの発言が正しいと思いたいのです。それは時に安心感というより所になるのです。しかしここに落とし穴があります。

しかし年齢を重ねて思うのは、
そうした考え方を無理に否定しても、人の心の拠り所は変わらないということです。
逆にその人のために言ったことで反感を買うことのほうが多いのです。

だからこそ大切なのは、
大きな声で断定することではなく、
自分が正しいと思うことを静かに続けることではないかと思います。

目立たずとも行動し、結果を積み重ねる。
それを繰り返していく中で、いつか気づく人が現れる。
そしてその人が、自分自身で考え、「こういう行動が大切なのではないか」と思うようになる——
それを待つしかないのかもしれません。

現代は、テレビやネットを通じて、評論家や影響力のある人の意見に触れる機会が非常に多い時代です。
そうした人の言葉を信じたくなるのは自然なことです。

だからこそ私は、焦らず一歩ずつ、自分の仕事を積み重ねていきたいと思います。
年齢的に間に合わないことや、仲間が増えないこともあるかもしれません。
それでも、声を張り上げるのではなく、自分の手でやるべきことを実行していきたい。

今回の担当医との会話から、改めてその大切さを学びました。

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