評価を仕事の拠り所にする哀れなサラリーマン

この国では、実力主義や年功序列の見直しが叫ばれてから、すでに30年以上が経ちました。
その中で、「個人目標」や「個人評価」といった考え方が当たり前のように広がってきました。

しかし、その結果として、
本当に個人は幸せになり、企業は成長したのでしょうか。

東大の生物学者・小林教授の著書には、
人類が生き残ってきたのは、集団で生きる仕組みを持っていたからだと書かれています。
人は仲間と協力し、子どももみんなで育てることで、社会を維持してきました。

一方で、富を多く得るために競争する仕組みは、
やがてひずみを生みます。
農業が始まり富の蓄積が可能になると、
それを独占する者が現れ、人々の中に不満や不安が生まれました。
その不満を抑えるために身分制度が作られますが、
最終的にはそれも壊されていきます。

現代のサラリーマンにとっての「評価」も、
本当に価値のあるものなのでしょうか。
評価に縛られ、振り回される――
まるで「評価の奴隷」のようになってはいないでしょうか。

本来、人は集団の中で支え合うことで、
より大きな幸福を感じられるはずです。
しかし現代は、個人主義が強まり、
その方向とは逆に進んでいるようにも見えます。

本来であれば、会社全体の幸福を最大化することが、
結果的に一人ひとりの幸福も最大化するはずです。
それにも関わらず、
なぜか私たちは「評価」にばかり目を向けてしまっているのです。

にほんブログ村 経営ブログ 中小企業社長へ
ブログ村のランキングに参加しています。よろしければこちらのボタンをクリックお願いします。

仕事はやるか・やらないかです。

仕事に向き合う中で、
「自分に向いているのか」「本当にできるのか」「これは自分の得意分野ではないのではないか」
と悩むことは、誰にでもあります。むしろ責任が増え、周囲からの期待も高まる社員だからこそ、そうした迷いは自然なものです。

ただ、一つ視点を変えてみてほしいと思います。
私たちの先人は、生きるために必要なことから逃げる選択肢はありませんでした。「向いているかどうか」を考える前に、「やるしかない」と腹をくくっていたはずです。

現代は環境が整い、仕事も多様化しています。その分、「選べる」ことが増えたことで、逆に立ち止まってしまうこともあるのかもしれません。

ちょうどサッカーワールドカップの選手たちを見ていると、彼らも結果がどうなるかは分かりません。それでも「できるかどうか」で立ち止まるのではなく、「やり切る」という覚悟でピッチに立っています。

仕事も同じです。
「向いているからやる」「得意だから挑む」だけでは、成長の幅は広がりません。
むしろ、やってみたからこそ見えてくる強みや、新たに身につく力があります。

結果ばかりを気にして一歩を踏み出せない状態は、とてももったいないことです。今こそ、多少の不得意や不安を受け入れながら、「まずはやってみる」「やり切ってみる」という姿勢が、次の成長につながります。

大切なのは、「できるかどうか」ではなく、
**「どう向き合い、どうやり切るか」**です。

にほんブログ村 経営ブログ 中小企業社長へ
ブログ村のランキングに参加しています。よろしければこちらのボタンをクリックお願いします。