生きた証、死んだ証

先週からの大学病院での数多くの検査で何度か病院を訪れて思うことは、本当に年配者は病院とコーヒーショップに大勢いるということです。

今年で67歳になった私はいつまで働くのかと考えることが時々あります。そんな時なぜこの国は定年制度を作ったのかということです。それは長らく働いてきたので「お疲れ様、もうゆっくり休んで下さい。」ということを誰が言い始めたのかです。おそらく年寄りという人間は若い人に比べ、能力的に(脳・体力)に劣っているので世代交代させることで組織をより効率的に稼働させる為でしょう。それはそれで組織体を考えると合理的な考えです。

先ほどの病院に大勢いる年配者を見て思います。
今のあなたの生きた証は何ですか?年金が少ないとか体の調子が悪いとか、人生の終わりを身近に感じてそんなことがゴールなのでしょうか?

あなたは働く仕事があって幸運だという方も大勢います。その通りなのでしょう、今の自分があることに多くの方に感謝しなければならないのも本当です。
ならばこそ
生きた証としては、組織体の中で役割が果たせる限り、働き続けたい思います。そして組織体で役割が果たせなくなった時には、今度は別な世界でまた働く道を選びたいと思います。

そして確実に死んだ証も残したい。

多くの年配者が時間と時代の中で翻弄されている近頃、病院の待合室で考えさせられる今週でした。

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