頭のいい人が少ない社会から

近年、アメリカのAI企業が最新技術を自国以外に提供しない方針をとるという報道がありました。その背景には、人間の能力を超える人工知能が社会にどんな影響を与えるのかという強い懸念があります。

歴史を振り返ると、かつてはアインシュタインやオッペンハイマーのような少数の天才が、原子爆弾という巨大な力を生み出しました。その結果、人類は今もなお、その脅威と向き合い続けています。しかし当時は、天才の数が限られていたため、社会全体として「制御可能な範囲の危険」と捉えられていたのかもしれません。

一方で、AIはそれとは異なります。AIは一つの知能にとどまらず、自ら学び、増え、広がっていく存在です。つまり「頭のいいもの」が急速に増殖していく可能性があるという点で、これまでの科学とは質的に違うものです。

もちろん、科学の進歩は危険だけをもたらしてきたわけではありません。医療の発展や便利な道具の誕生など、人類の生活を豊かにしてきた側面も数多くあります。

では、「頭のいい存在」が少ないほうが人類は幸せなのでしょうか。

欧米では天才を「ギフト(神からの贈り物)」と呼びます。それは、彼らの能力が人類全体の財産であり、社会が受け入れるべき価値あるものだと考えられているからです。

ではAIは、この「ギフト」と言えるのでしょうか。
それとも、扱い方を誤れば人類にとって大きなリスクとなる存在なのでしょうか。

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