「合理的🟰理論的」と長い間思っていた私は、明らかに違うことを孫の行動を見てよく分かりました。孫は自分の想いを叶える為に全力で理屈を超えるパワーで要求してきます。それはある意味、合理的な行動なのです。つたない言葉と多少のズルさをフル活用して私に望みのすべてを打っけてきます。アッパレです。
これに似たような現象が会社の中でも起きます。狭い視野と自分本位の理屈で要求してきます。孫と違うのはその自分の身勝手さをカモフラージュする為に、あたかも正しヅラをして話してきます。年老いた私からみると、そのズルさのうっすペラさが透けて見えてしまい、笑ってしまいます。それをいい歳をした大人がするのです。要求する社員と聞く上司、小劇場の素人芝居です。
理屈が見つからない望みもあるでしょう。ならばせめて3歳の孫のような合理さのほうが精神的に気持ちがいいです。
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