「諦めなければ希望はある」。 この言葉を聞くたびに、私は立ち止まって考えてしまいます。 諦めない気持ちとは、いったいどうすれば湧き続けるものなのだろうか、と。
目標が大きく、気が遠くなるようなものであればあるほど、その問いは重くのしかかります。会社という場所は、日々の業務が絶え間なく続いていきます。その日々の仕事があるということは、決して当たり前ではありません。仕事を得るためには、継続的に受注が入ってくる環境が要ります。そしてその受注環境は、こちらの都合などお構いなしに、日々かたちを変えていきます。
その変化に、常に対応し続けられる仕組みをどう作るのか。 これは、いくら考えても「これで完成」という答えの出ない問いです。
社員の多くは、日々の業務が明日も必ず訪れると、疑うことなく信じています。もっと言えば、それを疑わないでいられること自体は、社員の責任ではありません。安心して目の前の仕事に打ち込める環境を用意するのは、経営者である私の役目だからです。
長村製作所はどこへ向かうべきなのか。 それを常に悩み、模索し続けることが、私の仕事です。
社員たちは、日々の業務や、社員同士の人間関係の中で悩み、忙殺されています。その気持ちは、私にもよく分かります。人は目の前のことで精一杯になるものです。けれど、その「当たり前の日々」を手渡し続けるためにこそ、会社が事業を続けていける“元”を、私は毎日、少しずつでも作り続けなければなりません。
しかも、この社会は競争社会です。 外に目を向ければ、他の会社も必死で戦いを挑んできます。値段で、品質で、スピードで。こちらが立ち止まれば、その分だけ後ろへ下がっていく。外の世界との戦いがあり、そして社内には社内の戦いがあります。その両方に、終わりというものがありません。
だからこそ、私はときどき自分に問いかけるのです。 この永続的な戦いの中で、諦めない気持ちを、どうやって創り出し続ければいいのか。 そして——68歳になった私に、その気持ちを、これから先も作り続けることができるのだろうか、と。
正直に言えば、答えは持っていません。 年齢を重ねるほどに、体力も、残された時間も、確実に限られていくことを感じます。若い頃のように「気合いで乗り切る」というわけにもいきません。それでも、経営者が諦めた瞬間に、会社の未来の芽は静かに枯れ始める。それだけは、はっきりと分かっています。
だから私は、諦めない気持ちを一人で抱え込むのをやめようと思うようになりました。 一人の人間が燃やせる炎には限りがあります。けれど、社員一人ひとりの中に小さな火を灯すことができれば、その火は私がいなくなった後も、会社の中で受け継がれていくかもしれない。仕組みを作るというのは、結局のところ、そういうことなのだと思うのです。私一人が頑張り続ける仕組みではなく、私がいなくても回り、変化に応え続けられる会社を残すこと。それが、68歳の私にできる、いちばん現実的な「諦めない」のかたちなのかもしれません。
希望は、その先にあります。 いつの日にか、その希望の光をこの目で見るためにも、諦めない気持ちをどう創り続けるかは、私にとって、今まさに向き合うべき緊急の課題です。
答えはまだ見えません。 それでも、悩み、迷いながら、明日も会社の“元”を作り続けていく。 ——諦めなければ、希望はある。 その言葉を、自分自身への約束として、もう一度胸に刻みたいと思います。
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