17年経っても心に残る違和感と寒気

このブログを掲載するにあたり読む人によって大きな誤解や不信感を抱く人もいると思い躊躇したのですが、あえてこのテーマを書くことにしました。
これまで私があえて隠していたものです。68歳になりますが今だに人に怯えることもり、それでも社員と共に生きる弱い社長の心の一部だと思い読んでほしいものです。

昨日、フジテレビが俳優の佐藤二朗さんに関する件について報道し、その内容がニュースになっていました。
報道では、セクシュアルハラスメントと認定されたとされる一方で、佐藤さんご本人はSNSで「なぜ一方の話だけで、それを真実だと断定するのか」という趣旨の発信をされていたようです。

このニュースを見たとき、私は17年前の出来事を思い出しました。
当時、私は部下に対してパワーハラスメントをしたと認定されました。しかも、実際には殴っていないにもかかわらず、「殴った」とされたのです。

もちろん、部下には部下の言い分や苦しさがあったのだと思います。
私に対して不満やつらさを抱えていたのかもしれません。そこを否定するつもりはありません。

しかし、私の言い分はほとんど聞いてもらえませんでした。

当時の社長から言われた言葉を、今でも忘れることができません。

「お前がやったかどうかはどうでもいい。訴えられたことが問題なんだ。これ以上否定して、報道機関にでも入ったら会社が潰れるぞ」

私は、本当に私が殴ったというのであれば、それは傷害事件になるはずだから、本人から警察に届けてもらいたいと伝えました。
しかし返ってきた言葉は、

「君は会社を潰したいのか」

というものでした。

結局、私は黙って認めるよう求められ、処分を受けました。
その後、約3年間、閑職のような立場に置かれることになりました。

今振り返ると、訴えた社員自身も、ここまで大きな処分になるとは思っていなかったのかもしれません。
ただ、私のことを良く思っていなかった一部の役員たちが、この件を利用して私を排除したのではないか。
当時の私は、そう感じていました。

今回のニュースを見て、改めて強く感じたことがあります。
それは、「立場が強い」と見られる人間も、深く傷つくことがあるということです。

もちろん、被害を訴える側のつらさは軽く見てはいけません。
しかし一方で、訴えられた側にも言い分があり、人格があり、心があります。

ところが、いったん「加害者」と見なされると、その人の言葉はほとんど聞かれなくなります。
周囲からは、

「日頃の態度を見ると、やりそうだ」
「自覚がないだけだ」
「相手がどう感じたかがすべてだから、あなたに言う権利はない」

といった言葉が投げかけられます。

言っている人たちは、そこまで深く傷つけているつもりはないのかもしれません。
けれども、その言葉は長く心に残ります。
何年経っても、ふとした瞬間に胸を締めつけます。

今回、私の心を一番苦しめたのは、当事者同士の問題そのものではありません。
むしろ、その周りにいる人たちの言葉や態度でした。

「弱い立場の人が嫌だと感じたら、それですべて決まる」
「強い立場の人は、自分で解決するしかない」
「強い人なのだから、多少言われても大丈夫だろう」

そうした空気が、社会の中にあるように感じます。

昨日、家族からも似たようなことを言われました。

「相手がどう思うかがすべて。言われたらそれまでなんだよ」
「父は強いのだから、自分で解決しなければならないんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、心の中に冷たいものが広がりました。
17年経っても、私の心はあの時のままだったのだと気づきました。

そういえば、数年前にも似たような出来事があり、その時は言葉が出なくなるほど苦しくなったことがありました。
当時はなぜそこまで苦しくなるのかわかりませんでした。
でも今ならわかります。
私はまだ、あの時の傷を抱えたままだったのだと思います。

私は、誰か一人を責めたいわけではありません。
被害を訴える人の声を軽んじたいわけでもありません。

ただ、「弱いと見なされた側の言葉だけが正義になり、強いと見なされた側の痛みは無視される」ような社会には、強い怖さを感じます。

本当に大切なのは、どちらか一方を最初から正しいと決めつけることではなく、双方の言い分を丁寧に聞くことではないでしょうか。
そして、事実と感情を切り分けながら、冷静に向き合うことではないでしょうか。

今回の当事者のお二人が、周囲の「正義」の声に必要以上に翻弄されないことを願っています。
そして、どちらの立場の人にとっても、時間が経っても消えない傷があるということを、私たちは忘れてはいけないのだと思います。


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