心の声が飛び込んでくる。

最近、人と話していると、相手が本当に言いたいことが途中で分かってしまうように感じることがあります。

年齢のせいなのか、精神的に少し敏感になっているのかは分かりません。ただ、会話の途中で「ああ、この人は本当はこう言いたいのだな」と、先回りして受け取ってしまうことが増えたように思います。

もちろん、相手の心の声が本当に聞こえているわけではありません。それでも、話し方や間の取り方、言葉の選び方から、相手が遠回しに伝えようとしていることが見えてくる時があります。

そうなると、話を最後まで聞く前に、自分の中ではある程度の結論が出てしまいます。けれど、それを表に出してしまうと相手に失礼です。だから、分かっていても分からないふりをしながら、最後まで話を聞くようにしています。

以前、テレビで「人の心の声が聞こえてしまう主人公」のドラマを見たことがあります。物語の中では少し不思議な力として描かれていましたが、本人にとっては決して楽なことではありません。

相手が言葉にしていないことまで感じ取ってしまうと、かえって気を使いすぎてしまいます。言いたいけれど言えない。伝えたいけれど、相手に申し訳なくて遠回しになる。そんな気持ちが見えてしまうからです。

考えてみれば、人は必ずしも本音をそのまま言葉にできるわけではありません。立場や関係性、相手への配慮があるからこそ、まわりくどい言い方になることもあります。

だからこそ、言葉だけを聞くのではなく、その奥にある気持ちを想像することが大切なのだと思います。

もしかすると、AIもこれに近い仕組みで動いているのかもしれません。人が入力した言葉の先にある意図を読み取り、次に何を求めているのかを予測する。もちろん人間の心を理解しているわけではありませんが、言葉の流れから先を読むという意味では、少し似ているようにも感じます。

相手の心の声が本当に聞こえるはずはありません。それでも、長く人と関わってきた経験が積み重なると、言葉にされていない気持ちを感じ取る力が少しずつ身についてくるのかもしれません。

無駄にしない防衛本能なのかもしれません。

それは、年齢を重ねたことで備わった感覚なのかもしれませんし、限られた時間を無駄にしないための防衛本能なのかもしれません。いずれにしても大切なのは、先回りして決めつけることではなく、相手の言葉を最後まで聞くこと。分かったつもりにならず、相手の気持ちに丁寧に向き合うことなのだと思います。

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映画「運び屋」

これは、クリント・イーストウッド主演の映画『運び屋』にちなんだ表題です。この映画が撮影された時、彼は88歳でした。
88歳でなお主役を演じる。その姿だけでも十分に驚かされますが、この映画を観ていると、単に「高齢でも元気だ」という話では終わらない、年齢を重ねた人間の哀しさや強さ、そして誇りのようなものを感じます。

映画の中で彼が演じるのは、妻や家族から距離を置かれてしまった一人の高齢男性です。若い頃は仕事に打ち込み、外では評価されてきたのかもしれません。しかし、その一方で家族との時間を失い、気がつけば大切な人たちから心を閉ざされてしまっている。
そんな彼の仕事は「運び屋」です。マフィアから、人には言えないような荷物を預かり、ただ目的地まで運ぶ。荷物の中身を見てはいけない。理由も聞かない。ただ車を走らせるだけです。若い悪い連中は彼を馬鹿にしながらも、その仕事を彼に任せます。

映画の中で、彼はスマホを渡されても使い方が分かりません。それでも周囲には強がって見せます。拳銃を突きつけられても、「俺は戦争に行ったんだぞ」と若いマフィアをたしなめます。
その姿は滑稽にも見えますが、どこか胸に迫るものがあります。時代についていけない自分を分かっていながら、それでも簡単には弱さを見せない。古い人間なりの意地があり、経験してきた人生への自負もあるのです。
しかし本当は、家族から言われたことを気にしています。平気なふりをしていても、心の奥では傷ついている。運び屋として砂漠を走っている時、彼は大きな声で歌を口ずさみます。その歌声には、自由さと寂しさが同居しているように感じます。
私も朝一番で工場へ向かう時、窓を開けて大声で歌うことがあります。そんな時、この『運び屋』の映画を思い出します。まるでアメリカのハイウェーを走っているような気分になるのです。仕事のメールでExcelシートを添付したつもりが、実際には添付されていなかった。若い社員に注意される。話している内容が聞き取りにくくなり、「耳が悪くなったのですか」と言われる。そんな場面で、私は88歳で映画に出演していたクリント・イーストウッドの姿を思い出します。
何も言い返せません。なぜなら、その通りだからです。できていたことが、少しずつできなくなる。分かっていたはずのことを忘れる。若い人にとっては当たり前のことが、自分には少しずつ難しくなっていく。歳を取るとは、そういう現実と向き合うことなのかもしれません。
けれども、そこに人間の価値がなくなるわけではありません。速くできない、正確にできない、新しい道具にすぐ対応できない。だからといって、その人が歩んできた時間や、積み重ねてきた経験まで消えるわけではないのです。
年齢を重ねて働くということは、自分の衰えを受け入れながら、それでもなお、自分の役割を探し続けることなのかもしれません。そして周りの人たちもまた、その姿をどう受け止めるのかを問われているのだと思います。
人は、できることが減っていく中で、どのように人格や誇りを保っていくのでしょうか。働き続けるとは何なのか。年齢を重ねるとは何なのか。
さて、この映画『運び屋』の結末はどうなるのでしょうか。

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フィジカルAIを考える

昨日、第45回ブロードバンド特別講演会で「フィジカルAI」に関する講演を聞きました。約3時間20分にわたる内容でしたが、多くの登壇者の話は非常に興味深いものでした。

まず、経済産業省の藤木事務次官から、フィジカルAIを国家成長戦略としてどう位置づけるかについて説明がありました。しかし正直な印象としては、この程度の取り組みでアメリカや中国に勝てるとは思えませんでした。
日本は小さな国だからこそ、本来は国が前面に立ち、強い覚悟を持って戦う必要があります。日本の産業衰退の要因は企業側にもありますが、大きくは政治や官僚の「決断力と戦略不足」にあると感じました。

一方、世界に目を向けると、スペースXは上場によって約12兆円を調達し、企業価値は400兆円規模とも言われています。さらに今後はOpenAIをはじめ、多くのスタートアップが上場し、世界中の資金を集めていきます。
日本にお金がないのではなく、「世界の資金を集める発想と仕組み」が不足しているのが本質だと感じます。


フィジカルAI導入の現実(工場への展開)

私は、5年以内にヒューマノイドロボットが工場で普通に使われるのではないかと考えていましたが、今回の講演から見ると、そこまで単純ではないことが分かりました。

導入には次のような段階が必要です。

① DX(デジタル化)の徹底
まず、現場の業務をデータとして蓄積する必要があります。
仕事をデジタルデータに変換し、AIが扱える状態にすることが前提です。

② 通信環境とエッジコンピューティングの整備
工場内のネットワーク強化に加え、現場で処理するAI基盤(エッジ環境)が必要になります。
実際に日立では、イギリスの鉄道網をデジタル化するために、車両にAIサーバー(NVIDIA GPU搭載)を積んで走らせ、データ収集と解析を行っているそうです。
つまり将来の工場には「現場にAIサーバーがある状態」が必須になります。

③ その上でロボット導入
このような基盤を整えた後にロボットを導入することで、初めて大幅な生産性向上が可能になります。


ロボットの未来像

今後のポイントとして考えさせられたのは次の点です。

  • 本当に二足歩行のヒューマノイドが必要なのか
  • 誰がロボットを作るのか
  • ロボットは標準化され「部品の組み合わせ」で作れるようになるのではないか

例えば電気自動車やPCのように、基本パーツが共通化されれば、将来的には企業や個人が「自分仕様のロボット」を作る時代になる可能性もあります。

講演の中で、「フィジカルAIはPCにおける“マウス”のような存在になる」という発言がありました。
つまり、人間とデジタル世界をつなぐ“インターフェース”として当たり前の存在になる、という意味だと感じました。

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本当は嫌いなんだそうです。

人は誰でも、無意識のうちに「合わない人」「苦手な人」を持っています。
一般的には、10人いれば1人くらいは本能的に嫌いに感じる相手がいると言われています。これは理屈ではなく、感情の問題です。

ただし、周囲から「優しい」と言われる人ほど、この感情に気づいていないことがあります。
自分では嫌っているつもりはなくても、「波風を立てたくない」「傷つきたくない」という気持ちが働き、無意識にその感情にフタをしてしまうのです。

その結果、本当は違和感や不満があるのに、それを言葉にできず、一人で悩んでしまう人が出てきます。

私は会社の社長という立場もあり、更に68歳です。家族のように率直に言ってくれる人もいれば、多くの人は何も言いません。
時々周りの声で話している声が聞こえないと、「もう歳で耳まで悪くなってるし、もしかしたら神経回路も鈍くなっているのかと思い」
中には本当は私に対して思うところがあっても、それに気づかず、あるいは気づいていても言えずに苦しんでいる人がいるかもしれません。

本当の問題はそこです。
「なぜこんなにモヤモヤするのか」と悩んでいる人にとって、その原因が“本当は苦手に感じているから”だと分かるだけでも、心は少し楽になります。

まずは自分の本音に気づくこと。
それが悩みを解く第一歩なのだと思います。

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心が傷つくとは!

私は自慢になりませんがデリカシーがない方だと思います。言い方が強いのは別に相手を傷つける為にしているわけではないのですが、結果そうなりやすいようです。全く68歳にもなって情けないものです。

そういえば、ある精神学者の記事を読んだら、このような記載がありました。人の言葉や態度で傷つく人は、実は怒りの表れが傷つくという事象なんだそうです。時々、自分の方が悪いのですと、いい相手に言わない人がたまにいるそうですが、本当はそんなことは思っていないそうです。明らかに相手に怒りが湧いているんだそうです。

私が歳が上の場合が多いので、相手は言いませんが、明らかに私に怒っているのでしょう。本当に申し訳ないことです。この記事を読んで改めて反省します。

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帝国データバンクや商工リサーチの近未来

昨日、帝国データバンクの調査員が来社されました。
通常は新年度に、前年度の業績確認と今年度の事業計画のヒアリングが行われます。また、どこかの企業から当社に関する調査依頼があった場合には、その都度訪問して聞き取り調査が行われます。おそらく、こうした訪問調査には1回あたり6〜10万円ほどの費用がかかっているのではないでしょうか。

ただ、こうした人的な調査でどこまで正確な情報が把握できるのかは疑問です。むしろ今の時代には合わなくなってきている業種なのではないかとも感じています。

実際、毎年多くの企業が倒産し、銀行も貸し倒れのリスクを抱えています。しかし銀行は直接融資をしているにもかかわらず、企業の実態を十分に把握できているとは言えません。

そう考えると、取引先の調査というのは「お金が回収できるか」という視点だけでは不十分です。特に仕入先の場合は、支払い能力よりもむしろ次のような点を重視すべきではないでしょうか。

  • 法令をきちんと守っているか
  • 反社会的勢力との関係はないか
  • 持続可能な社会に向けた取り組みをしているか

つまり重要なのは、「この会社は自社が取引するに値する、品格のある企業なのかどうか」という視点なのだと思います。

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必要なのは心の身体障害者手帳なのかもしれません。

2年半前に大腸の手術をしてから、私は身体障害者として認定されました。
ですが、自分自身ではまだ「障害者である」という実感がありません。
それは、現実を受け入れきれていない弱さなのかもしれませんし、どうしても人にさらけ出せない自分がいるからだと思います。
人には偉そうなことを言っていながら、実は情けない人間です。

身体は障害を持っていますが、むしろ心のほうが支えを必要としていると感じています。

よく「相手の気持ちになって考えることが大切」と言われます。私なりに想像しようとするのですが、年齢を重ねるにつれて、かえって分からなくなってきました。

気づけば、周りの人がみんな自分を批判しているように感じてしまい、頭の中がその思いでいっぱいになることがあります。
これもまた、年を重ねたことで、より強くなっているのかもしれません。
更に言えば、どうしても人を批判した言葉が出やすいように感じます。その為、人に嫌な思いをさせたくない事と自分自身もそうなりたくないばかりに口数が少なくなります。
つまり喋らなければ問題は起きないと思うからです。
ただこれにも問題があり、話をしないでいると周りの人は「そんなに話もしたくないほど嫌なら席を外します。」と言います。

そんな時に心の身体障害者手帳を提示するとでこの問題が解消できるといいのですが?
それにしても歳を取ると中々コミニュケーションが

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宇宙データセンター構想

最近、イーロン・マスク率いる「スペースX」がナスダックに上場し、約12兆円もの資金を調達したというニュースが報じられました。
その中で彼は「宇宙データセンター構想」という新たなビジョンを打ち出しています。

実はこの分野、昨年秋ごろからアメリカ企業が次々と構想を発表しており、いよいよ現実味を帯びてきました。

現在、スターリンクでは約1万機の衛星が地球の周りを回り、通信ネットワークを構成しています。さらに約6,000機の衛星が相互に連携し、自律的に最適な通信環境を作り始めています。そして今も2〜3日に1回というペースで新たな衛星が打ち上げられ続けています。

これらの衛星に搭載された太陽光パネルの発電量は、すでに約100MWに達しており、これは栃木IC近くに建設されているデータセンターと同規模です。

さらにマスクは、北極や南極の上空を周回する衛星を活用し、常に太陽光を受けられる環境を作ることで、1GW級の巨大な宇宙データセンターを構築しようとしています。
宇宙空間では電力供給や冷却(-250℃という極低温環境)といった課題がむしろ有利に働く可能性があり、地上の制約を超えた新しいインフラとして注目されています。

こうした動きの背景には、巨額の資金が特定の企業に集中する構造があります。特にAI分野は、世界中の資本を一極に集めてしまうほどの力を持ち始めており、国家のあり方さえ変えてしまう可能性があります。

一方で、なぜイーロン・マスクやアンソロピックのダリオ・アモデイのような発想を持つ人物が、日本からはなかなか現れないのでしょうか。
彼らに実際に会った人の話では、両者ともに非常に哲学的な思考を持つ人物だと言われています。

興味深いのは、彼らが必ずしも「利益を出す経営者」という存在ではない点です。
オープンAIもアンソロピックも、現時点では黒字ではありません。しかし「今は投資の段階だ」として資金が集まり、事業が拡大しています。これはスペースXも同様です。

赤字であっても将来性が評価され、巨額の資金が集まる――こうした企業が成長し続けられる社会と、日本の社会は何が違うのか。そこに大きな構造的な違いがあるのかもしれません。

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頭のいい人が少ない社会から

近年、アメリカのAI企業が最新技術を自国以外に提供しない方針をとるという報道がありました。その背景には、人間の能力を超える人工知能が社会にどんな影響を与えるのかという強い懸念があります。

歴史を振り返ると、かつてはアインシュタインやオッペンハイマーのような少数の天才が、原子爆弾という巨大な力を生み出しました。その結果、人類は今もなお、その脅威と向き合い続けています。しかし当時は、天才の数が限られていたため、社会全体として「制御可能な範囲の危険」と捉えられていたのかもしれません。

一方で、AIはそれとは異なります。AIは一つの知能にとどまらず、自ら学び、増え、広がっていく存在です。つまり「頭のいいもの」が急速に増殖していく可能性があるという点で、これまでの科学とは質的に違うものです。

もちろん、科学の進歩は危険だけをもたらしてきたわけではありません。医療の発展や便利な道具の誕生など、人類の生活を豊かにしてきた側面も数多くあります。

では、「頭のいい存在」が少ないほうが人類は幸せなのでしょうか。

欧米では天才を「ギフト(神からの贈り物)」と呼びます。それは、彼らの能力が人類全体の財産であり、社会が受け入れるべき価値あるものだと考えられているからです。

ではAIは、この「ギフト」と言えるのでしょうか。
それとも、扱い方を誤れば人類にとって大きなリスクとなる存在なのでしょうか。

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もっと人生は自由でいいと思います。

息子の同僚の奥さんが、仕事で毎日帰りが遅く、晩ご飯も一緒に食べられない生活に心を病んでしまい、ある日突然、旦那さんにも相談せず東京を離れて山梨のぶどう農家に就職したという話を聞きました。

その奥さんは東京生まれ・東京育ちですが、数年前までドイツで旦那さんと暮らしていたそうです。そこでは18時には帰宅して一緒に食事をする生活を送っていました。しかし日本に戻り、旦那さんが企業に勤め始めると、生活は大きく変わってしまったのでしょう。

旦那さんは現在、朝5時に韮崎を出て大手町まで通勤しています。「別々に暮らしては結婚した意味がない」と考え、奥さんに合わせて生活しているそうです。平日は遅くまで働きながらも、金曜日は定時で帰り、週末はしっかり休むことを守っています。

一方で、私の息子は土日も働く、いわゆる典型的な日本のサラリーマンです。

自分の思うように人生を選んだ奥さん、それを受け入れている旦那さん。それぞれ大切にしているものは違いますが、自分の気持ちに正直に生きているのだと思います。

やはり長時間労働は良いものではないと、改めて感じます。

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