長い歴史を持つ会社の宿命なのか、そこで働く社員の多くは自分の経験と知識が世界の全ての如く、考え判断をします。そしてそれをルールといいます。それに外れる人間は能力がない人間と烙印を押します。
昨日、面白い現象がおきました。製品不良により、お客様にご迷惑をかけた為、大至急製品の手直しが必要になりました。2名の社員がその作業にあたったのですが、始めたのは14:30です。17時には配送のトラックに乗せなければなりません、時間がありません。15:00のチャイムがなりました。工場では10分の休憩です。その2名も休憩に入ったのです。時間が無いにも関わらず。休まず作業を続けないかと、発言に関してルールだらとの回答。疲れたら休んでいいから続けて欲しいと再度申し入れたところ、それでは平等じゃないし、疲れたと嘘をつくこともできると言い出します。
休憩は作業員が安全に働く為にできたルールでしょう。全員が一緒休むことと、安全性になんの関係もないように思います。そこで出てくるのが平等という概念です。
この案件と違いますが、当社のシステムに入っているデータをわざわざ印刷してファイルをしている部署がありました。このファイルは何に使用するのと聞きましたら、使用しないそうです。じゃなぜ印刷してファイルするのかと、再度確認したらルールだからだそうです。何年もこの作業を行われています。また出ましたルール。
この手の話は日本中の企業にはどこにでもあるのでしょう。でも多くの従業員は何も思いません。逆にこれを堅持しようとし、破ろうものならば犯罪者のごとく糾弾することでしょう。
人間の脳は極端にストレスを嫌うそうです。可能な限り同じことを繰り返させるそうです。それがストレスを生まないからです。その為に脳は自分自身をコントロールするために、ルールなど多くの垣根を作り、新たなことをさせないようにしむけます。
本人のせいではないのです。脳に支配されているだけなんです。脳は巧妙に私達を支配しているだけなんです。だから既得権の中に固執する人を私は決して批判はしません。ただ脳に支配されているだけなんだと思うようにしています。
どうやって自分の脳を騙し、目的を果たすかです。その為にはいくつかの罠を仕掛ける必要があります。敵は強敵です、財務省の役人と一緒です。

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