どう生きるとんかつ屋

この写真はとあるとんかつ屋さんのメニューです。3種類のメニューしかありません。この料理だけで何十年もお店は続いています。15席のカウター席のみ、従業員数は6名。人件費も考えると中々厳しいでしょう。

会社を経営するのにあたり、大変参考になるお店です。味だけではないことは想像がつきます。

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プーチン大統領はオーナー社長、トランプはサラリーマン社長

本日、アラスカで両大統領が会談をしましたが、結果はトランプが思うようにはならずパフォーマンスだけのようでした。経済力世界一の国の大統領がGDP第10位の大統領に何もできません。

損得ならば力を発揮するトランプですが、お金の損得で動かない人には太刀打ちできません。そう考えると関税問題は明らかに各国の損得なのでトランプは力を出せます。それに民主国家の責任者はある意味サラリーマン社長です。任期も決まっているし、選挙で選ばれます。なのでいつも選挙民を気にしなければなりません。

ところがオーナー社長であるプーチンは選挙を気にする必要はありません。任期も気にする必要がありません。ましてや損得も関係ないのです。ロシアはプーチンのものであってロシア国民のものではないのです。自分の主義で全て決められます。戦う基準が違うのです。だからとは勝てません。

これに似たような経験が20年前にオーナー企業との取引きでありました。その当時私の上司の社長は全て損得で考えていた人でした。多分それで全てこなしてきたのでしょう。そのオーナーとの取引きでは当社に落ち度があったにも関わらず、お金の損得を当社の社長は持ち出し解決しようとしました。けれど相手のオーナー社長は全くブレません。結果相手は数億の損害が発生するのに、当社との取引きをやめました。サラリーマン社長にはできない決断です。その芯の強さを今でも忘れません。人は損得で動かない経営者がいることを初めて知った時でもありました。

今回のプーチンがよいとは決して思いますが、何十万人もの国民を死なせる決断ができるとは、明らかにビジネスとは違うのです。

民主主義の弱さと、結局はただのサラリーマン社長気質のトランプ大統領の弱さを知る日でした。

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私の会社の役割

昨夜、「はだしのゲン」のアニメーションを見てしまいました。正直見ない方が良かったと後悔をしています。

それを見てか、私の役割は何んなのか一晩中考えてしまいました。会社ことや家族のこと、親しい友人とのこと、お世話なった方がへのこと。

そんな中、会社での役割だけでも明確にし事に当たるべきと。
まず、
10年先までは現在の社員とそして今後入社する社員が安心して働き続くられる職場を作ること。
そして
そのために必要なことを全て行い、何が起きようが必ず実現させる。
そしてその先を切り開く人材を作ること。(2035年以降の会社存続のため)
その為には
脳が思うように働く時間、体が思うように動く時間は恐らく限られているはず、
不必要な仕事を排除し、自由になる活動時間を最大限確保し事に当たる以外にないようです。
それは現在の社員にも同様に行ってもらう必要があります。(彼らの想いに固執される危険が益々増える可能性が高い)
そんなことを考える夏季休暇となってしまいました。
次回は
3日間かけて倉庫に温存されていたデッドストック製品廃棄活動に関して投稿します。

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巨大データーセンターはどこまで必要なのか?

世はAIへの期待感を含め、日本全国にデーターセンターラッシュをもたらしています。
AIに必要なことは「学習」と「論理演算」の2種類をこのデーターセンターで行います。
特に「学習」に関しては日々学ばなければなりませんが時間の緊急性は必要がないため、都心から離れた比較的地方で電力を確保できる大規模データーセンターに向いています。
しかしながら「論理演算」はユーザーからの問いわせに瞬時に答える必要性から、可能な限りユーザーに近い場所でのデーターセンターが活用されます。

そこで疑問なのはこれまでAIは多くの過去のデーターを学習してきました。学習しなければいけないデーターが100%だととすれば、これまでにどの程度まで学習したのでしょうか?90%ぐらいまできたのか分かりませんが、いつしか今と同じ量の学習が必要とは思えません。たただし日々情報は増えますので学習が終わることはありませんが、それでもあと数年もすれば100%に近づくはずです。そうなるとAIの為の巨大データーセンターはどれだけ必要なのか、それこそAIで予測できるような気がします。

私の考えですがAI機能は恐らく日常化することでしょうが、それを実現する為のデーターセンターがさほど必要と思えないのは私だけでしょうか?

それよりも今年日本でも一部実用化された量子コンピューターの今後の展開の方がAIよりも大きな可能性を秘めているように思えます。

近い将来、ビットコインでなく、日本政府が発行する電子マネーが実用化されれば、クレジットカードなど多くの決済機能が必要なくなり、この日本銀行券に変わる電子マネーはお金の流れそのものを全て把握できることから、現在の税収額と同等を得るには全てのお金の流れに0.3%かけるだけで確保できるといわれています。その鍵を握るのが量子コンピューターです。現在のように多くの個人からの税収に頼った仕組みでは、見えない世界でもお金の流れが巨大過ぎ、「取れるところからだけ取る。」悪い者には見ないふりをしている財務省を野放ししてしまいます。

私が生きている間にこの量子コンピューターの出現を期待しています。

データーセンターの多くの設置は過剰になるかもしれませんが、その財産は必ず量子コンピューター並びにそれに付随するものに活用されるはずです。

30年ほど前にバンダイがピピンというiOSを使ったゲーム機を開発発売をしました。これはバンダイそのものが傾くほどの負債を抱えた失敗でしたが、それから10年後に「たまごっち」という製品にこのピピンのシステムは生かされ、負債の何倍もの利益をバンダイにもたらしました。
これと同じことが近い過剰と思われる将来データーセンターに生かせると私は思います。

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自分の居場所がなくなる現代

前回にも掲載しましたが、我が家の最寄り駅は西武池袋線にあります。各駅停車しか停まらない駅ですが、駅周辺には4軒のコーヒーショップがあります。朝から多くの人で一日中満席です。高校生・大学生はここで勉強し、社会人はここでPCと格闘。高齢者は朝イチから新聞、パズル・趣味とコーヒーショップにいます。
本を読んでいる人もいます。
更にスマホだけ見ている人も沢山います。

なぜ家に居ないのか?
それになぜこんなにみんな一人なのか?
一人ならば家にいればいいのに?
家に居れない理由は何なのか?
そして周りの声も聞こえるし、決して一人でいられているわけでもない。
なのにコーヒーショップに滞留しています。
おそらくコーヒーは関係ないのでしょう。

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労働組合の活動の在り方が問われる時代変化

可能な限り安い労働力で付加価値の高い製品を製造して利益を上げるという考えで経営している経営者が今どれだけいるのでしょう?
そしてそのような労働者を救うという労働問題はどれだけ存在するのでしょう。

少なくとも能力のない経営者はおそらく存在できない時代となっています。現実は優秀な社員をどれだけ確保するかで企業の成長と業績は決定する時代です。なので優秀な社員確保の為に経営者は高額な賃金も厭いません。

ところが問題なのは誰しでもが優秀な人間ではありません。(少なくとも会社の仕事において)
そしてその大多数の人間は特別な能力を持っているわけではありません。優秀な社員だけが生きる権利があるわけではなく、そうでない人間にも働き生きていく権利はあります。
問題なのはそういう人達が生きていく糧となる賃金をどのように獲得していくのかです。
馬鹿でない限り、多くの経営者はこの一般的な人間をどのように働き、成果を上げるのかに取り組んでいます。そしてその一般的社員が消費者でもあります。

それを今から70年ほど前の思想での労働運動者達は明らかに時代を見誤ています。つまり労働者を奴隷のように働かせる経営者はそんなにいるわけでもありません。そんなことよりも、会社での仕事をそのような対比で見るのでなく、労働者一人一人が自分の頭で考え、自分の賃金をどうしたら増やせるのか、働く環境を良くできるのか、それには自分の所属しる企業の収益をどうしたら最大化できるのか考えることです。
一部の強欲な企業経営者を除き、大多数の日本の経営者は社員を酷使して利益を上げる人はいません。

おそらく今後日本の企業は賃上げを継続していくことでしょう(政府まで賃上げを掲げています)。それは人材の確保という至上命題があるからです。問題なのはこの賃上げ(インフレ含み)による社員側の取り分(所得税・地方税・消費税・社会保険料を除き)増やせるかです。これは企業ではできません。
つまり労働者問題は企業との対決姿勢という旧態依然とした思想から「税」という新たな敵との対決なのです。これも新たな仕組みが必要です。

税務署&会計事務所との関係に似ています。多くの会計事務所は企業の為ではなく、会計事務所存続のため、ミニ税務署としての働きをします。
労働組合と労働基準監督所もこの関係に似ています。労働組合は時として労働基準監督所の回し者のようは働をすると共に、労働基準監督所は逆に労働組合のような働きをします。
つまり型だけが生き残ったのです。

スーパーのレジから人間が抜け、レストランから料理のオーダーから配膳まで人間が抜け機械システム化されています。この動きは益々自動化が進むでしょう。
工場や倉庫は機械・ロボットが進んだ時、労働者がロボットに置き換わった時に、労働組合はロボットの支援に回るのでしょうか?

どちらにしても既得権を守るための労働組合が本当に必要なのか?
ただの「あれが欲しい」「こうして欲しい」というスーパーのレジ前で床に寝転がり駄々をこねる集団と化するのか?

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猿島

写真は横須賀から船で10分ぐらいにある猿島です。今は無人島になっていますが、戦前は軍島でした。下の写真のような道もあります。おそらく多くの軍人がここで戦う準備をしていたのでしょう。横須賀港には潜水艦やイージス艦などが停泊しています。大勢の観光客が横須賀港に訪れています。この猿島への連絡船にも数多くの観光客が乗船しています。

それにしてもこの島は風があるせいか以外の過ごしやすい。ヒートアイランドなった日本列島にも風を送る仕組みを考えたら意外に涼しく過ごせるのではないでしょうか?
そういえば久米島も涼しかったことを思い出します。
風力発電の風を送る仕組み。

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生きた証、死んだ証

先週からの大学病院での数多くの検査で何度か病院を訪れて思うことは、本当に年配者は病院とコーヒーショップに大勢いるということです。

今年で67歳になった私はいつまで働くのかと考えることが時々あります。そんな時なぜこの国は定年制度を作ったのかということです。それは長らく働いてきたので「お疲れ様、もうゆっくり休んで下さい。」ということを誰が言い始めたのかです。おそらく年寄りという人間は若い人に比べ、能力的に(脳・体力)に劣っているので世代交代させることで組織をより効率的に稼働させる為でしょう。それはそれで組織体を考えると合理的な考えです。

先ほどの病院に大勢いる年配者を見て思います。
今のあなたの生きた証は何ですか?年金が少ないとか体の調子が悪いとか、人生の終わりを身近に感じてそんなことがゴールなのでしょうか?

あなたは働く仕事があって幸運だという方も大勢います。その通りなのでしょう、今の自分があることに多くの方に感謝しなければならないのも本当です。
ならばこそ
生きた証としては、組織体の中で役割が果たせる限り、働き続けたい思います。そして組織体で役割が果たせなくなった時には、今度は別な世界でまた働く道を選びたいと思います。

そして確実に死んだ証も残したい。

多くの年配者が時間と時代の中で翻弄されている近頃、病院の待合室で考えさせられる今週でした。

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大政奉還から78年で終戦日を迎え、終戦記念日から80年を迎えて

昨日終戦記念日から80年になります。

江戸時代の終わりから太平洋戦争終戦まで78年間、明治政府を設立し近代化を進め、結果GDPの20倍も違う国と戦争までした日本国民と、戦後経済復興を果たし世界第2位の経済大国まで成し遂げた日本国民のどちらがこの国を豊かにしたのでしょう。

約同じ年月で成し遂げた内容があまりに違うこの2つの時代。
特に江戸時代260年間が続く中で、明らかに国の在り方制度は疲弊をきたし、そこで生きる人間には合わないものとなっていたのが江戸末期なのでしょう。つまり仕組みや制度はそれに拠って得をえる既得権者達はそれを守ることに汲汲になります。しかしその既得権者も結果的には時代の変化には勝てません。そして変革者が現れ仕組みを変えます。しかしその変革者もいつしか既得権者になってしまいます。
人間は不思議なものでそんなこと何千年も続くけているのにまだ分からないのです。
それは社会の在り方だけでなく、教育もそうだし、仕事の仕方もそうです。

変革者が現れ大政奉還後、既得権を壊し、新たな制度を作るものの、結果自分達が作った制度、仕組みに縛られ戦争を起こし国が滅ぶことになりました。
そして、今度は戦前とは正反対の方向からアプローチをして、この国を作り直そうとしましたが、戦後80年後の日本は制度疲労をおこしているのが分かっているのに、自己修正ができていません。
特に、政治家、学者、教育者、新聞社を含むマスコミ関係者は戦前も戦後も全く変わっていないのです。時代を正しい方向に導くことができると思い込み結局は既得権者でしかありません。

戦後教育者は子供達に何を教えてたのでしょう。戦前の教育を全否定をして真逆のことを教えます。その教育者の最大の罪は人の在り方を自分の頭で考えていないことです。文部科学省が悪いとかいう人もいますが、その前に子供達を前にした教育者に多くの問題があるのです。
学校職員は政府の被害者ではありません。明らかに当事者・加害者であることを自覚していないことが問題です。

恐らく来年の終戦記念日にも戦後81年を迎えてと今年のようにマスコミは報道するでしょう。そして次の年も変わらず続けるのです。いつまでこんなことを続けるのか?それはこの時代の多くの既得権者なのです。戦前の軍部や政治家や新聞者と一緒です。

私は自分にできることから始めます。自分の頭で考え、当たり前だと思うことを疑い、そして次の時代の為に自分の会社をどうのように変え、そして社員の在り方を変えていくのか?
当たり前や正しいと思うことを根こそぎ疑わないとこの日本社会のありように飲み込まれてしまいます。

自分の会社が窮地の陥ったりするのは時代のせいでもなく、私自身の責任です。そうならないようすることを国は助けてくれません。あくまで自分の責任であることを肝に銘じとおく必要を感じた1日になりました。

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