シュウマイ弁当の値上がりと日本人の年収

時期価格(税込)変動
2007年740円
2008年780円+40円
2009年9月750円▲30円(値下げ)
2014年4月770円+20円
2014年8月800円+30円
2016年9月830円+30円
2018年9月860円+30円
2022年10月900円+40円
2023年10月950円+50円
2025年2月1,070円+120円
2026年2月1,180円+110円
現在(2026年)1,180円

崎陽軒の「シウマイ弁当」の価格推移を見ると、この20年間で約59.5%値上がりしています。

一方で、日本の平均年収は2007年の437万円に対し、2025年は429万円と、ほぼ横ばいか、むしろわずかに低下しています。もちろん、この背景には非正規雇用者の増加や産業構造の変化など、さまざまな要因があるので単純比較はできません。

それでも、この差を見ると考えさせられます。

もし日本人の平均年収がシウマイ弁当と同じペースで増えていたなら、437万円は約695万円になっていた計算です。

企業は原材料費や人件費、物流費の上昇を販売価格に反映してきました。しかし、その間に働く人たちの所得は十分に伸びてきたのでしょうか。

私は、こうした状況を改善し、日本人の年収を引き上げていくことは、経営者だけでなく社会全体の重要な課題だと思います。

そのためには、「誰が悪いのか」を議論するだけでは前に進みません。経営者や政治家だけでなく、労働慣行、業界の古い慣習、教育のあり方、さまざまな価値観や制度など、賃金上昇を妨げている要因を幅広く見直す必要があります。

日本には、まだ成長する力があります。

私たち一人ひとりが現状を当たり前と思わず、生産性向上や付加価値創出に取り組み、この閉塞感を打ち破っていくことが大切ではないでしょうか。

ちなみに、崎陽軒の創業者は栃木県出身だそうです。そんな縁も感じながら、シウマイ弁当の価格推移を見て、改めて日本の賃金について考えさせられました。

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社長の自覚を忘れた私は?

私は60歳のときに長村製作所の社長になりました。気が付けば、あと4か月で丸8年になります。

正直に言うと、今でも「社長とは何をする人なのだろう」と考えることがあります。

もちろん、この8年間で様々なことに取り組んできました。会社方針や中期経営計画の策定、制度改革、就業規則の改訂、賃金の見直し。さらに銀行との融資交渉、業界団体との付き合い、会計事務所や弁護士との連携などです。
時々、製造の手伝いや配送。

ただ、それらは私一人の力でできたわけではありません。いつも支えてくれる相棒や仲間がいたからこそ進められたことです。

しかも、よく考えてみると、こうした仕事の多くはサラリーマン時代から携わっていました。社長になったから初めて経験したわけではないのです。

では、社長になった私にしかできない仕事とは何なのでしょうか。

社員が働きやすい環境を作ることなのかもしれません。しかし、それも社長が一方的に「こうしなさい」と押し付けて作るものではないと思います。本当に良い職場は、そこで働く社員一人ひとりが主体となって作り上げるものではないでしょうか。

会社の理念やフィロソフィーについても同じです。社長が立派な言葉を掲げるよりも、みんなで話し合い、考え、育てていくほうが本物になる気がします。

そう考えていくと、ますます疑問が湧いてきます。

社長とは何をする人なのだろう。

答えはまだ見つかっていません。

ただ一つ言えるのは、何かが起きたときに最後の責任を負う人なのかもしれない、ということです。成果も失敗も、最終的には自分が受け止める。それが社長という役割なのかもしれません。

しかし最近は、それだけでもないような気もしています。

会社が進む方向を示し、社員が安心して挑戦できる環境を整え、みんなが持っている力を引き出す。そのために考え続けることこそが、社長の仕事なのかもしれません。

8年経った今でもまだ答えを探しています。

迷える社長です。

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賃金を上げるには

先日、Webで「日本人の賃金をどう上げるか」という議論を見ました。

一つは、企業が成長して利益を増やし、その利益を社員に還元するという考え方です。

もう一つは、人手不足を無理に解消せず、人材を確保したい企業に高い賃金を払わせるという考え方です。低い賃金では人が集まらなくなれば、企業は生産性を高めたり、事業の進め方を変えたりする必要があります。その意味では、現在の人手不足は賃上げを進めるチャンスともいえます。

ただし、人手不足によって上がりやすいのは、主に新入社員や若手の給与です。若手の給与が上がることはよいことですが、中高年を含む既存社員の給与が同じように上がるとは限りません。

既存社員の賃金を上げるためには、企業が生産性を高め、付加価値のある仕事を増やし、利益を拡大する必要があります。そのうえで、増えた利益を社員に還元するという経営者の意思も欠かせません。

つまり、賃金を上げるには次の三つが必要です。

  • 人手不足を背景とした賃上げ
  • 生産性向上による企業利益の拡大
  • 利益を社員に還元する経営者の意思

人手不足を賃上げのきっかけにし、企業の成長によって賃上げを継続する。

これが、若手だけでなく、中高年を含めた社員全体の賃金を上げるための現実的な方法ではないかと思います。

さて当社はどのように社員の賃金を大幅に上げていけば良いのか?

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一由そばに見た、当社の生きる道

日暮里の駅から少し外れた場所に、行列の絶えない立ち食いそば屋がある。「一由そば」だ。24時間営業。名物はゲソ天そば。今朝は明け方の4時に立ち寄ったのだが、それでも私の前には8人が並んでいた。

正直に言おう。飛び抜けて美味しいわけではない。ゲソ天と紅生姜天をのせて790円。決して安くもない。つゆは濃く、真っ黒。味も値段も、他店を圧倒しているとは思えない。このくらいのクオリティなら――お店の方には失礼を承知で言えば――他の店でも再現できるだろう。

それなのに、夜中でも人が並ぶ。

ここに、私はどうしても当社の向かうべき方向が重なって見えてしまうのだ。

誰にでも作れる味。誰にでもできる店の回し方。だが、それを実際にやっている店は、そう多くない。だからこの店は繁盛する。しかも一等地ではない、駅前から少し外れた場所で、である。


話は変わるが、サイゼリヤのことを思い出す。物価高でも値上げをせず、価格をほぼ据え置いたまま客数を伸ばし、既存店売上は40か月以上も前年を上回り続けている。 ところが一方で、恵比寿や新中野といった都心の店舗は相次いで閉店している。低価格を貫くと、都心の高い家賃では採算が合わないからだ。 それでも会社全体は伸びている。「守るべきものを守るために、あえて手放す」――これもまた、明確な戦略なのだ。 


誰もが思いつく。その気になれば、できる。しかし、誰もやらない。

――ここに、当社が生きる道があるのかもしれない。

需要は小さい。けれど、確かに必要とされているもの。大手が量を追えず、採算に乗せにくいもの。あるいは、特定のお客様だけが本当に必要としているもの。そして何より大事なのは、平凡な我々にも思いつき、作ることができるという点だ。

世の中には、「唯一無二の技術」「他社に真似できない技術」にこそ価値があり、誰にでも作れるものには価値がない――そんな空気がある。だが、本当にそれがすべてだろうか。

確かに、誰にも真似できない技術には価値がある。それは疑いようがない。だが、価値とは、意外なほど身近なところにも転がっているのではないか。

一由そばに、私は当社の当面の未来を感じてならない。店は決してきれいでも、洒落てもいない。若くて綺麗な女性は、来ないかもしれない。それでも、その佇まいを「良し」とする人々が確かにいて、店を支えるだけの客数を、ちゃんと満たしてくれているのだ。

求められているのは、非凡な技術だけではない。凡人の我々が続けられる、当たり前の仕事を、当たり前にやり切ること。その先にこそ、我々の居場所がある。

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