仕事に追われる人々へ

何度もこのブログに書いていますが、日本の学校教育の罪は多くの場面に顔を出します。そしてその顔は多くの日本人を苦しめています。
当社の社員の中にもその弊害に苦しめられ仕事をしている人が大勢います。

具体的には仕事の成果を学校のテストのように点数化して良い点数を取らないといけないと思い込んでいる点です。上司もバカだから同じ目線です。仕事はテストではありません。100点に価値などありません。必要な内容をクリアすれば良いのです。ところが小さい頃から良い点数を取ることで先生から褒められる、親から褒められることを勉強の目的と勘違いした子供たちは従順に先生の言うこと聞いて、それに応えようとします。それが仕事に現れ必要以上の作業を行います。それにより苦しむのです。

もっと良くないのは上司です。同じように褒められたい、その為には細部にこだわります。職場には褒めてくれる先生はいませんが、その亡霊の奴隷になります。俗に言う自分の仕事の仕方を部下に強制するのです。この手の人間の質が悪いのは自分は正しいと思い込んでいることです。仕事はテストでも授業でもなく必要な成果物を出すことです。つまりその要求内容を満たしていればいいのです。そしてそれは誰よりも早く結果を出すことです。

仕事のアプローチの仕方は何でもいいのです。
そういえば高校一年の最初の数学のテストは制限時間が無制限で問題は一問だけでした。
朝9時から始まり最後まで粘った生徒は午後6時まででした。
問題の内容は忘れましたが愉快な時間でした。この数学の先生は担任でもありました。何通りもの解答方法で解答したものもいました。このテストで学んだことは要求されたもの以上を提供しても点数にはならないこと、更にプロセスに良し悪しもありませんでした。成績は約6名が100点で残り39名は0点でした。この先生は全く褒めてくれませんが、勉強ができる子もできない子も扱いは一緒です。この先生がよく言っていたのは、「人生慌てることはないから、何年か留年して勉強する方がいいよ」でした。大人になってその意味がよく理解できました。

この手の人々は仕事を追いかけます、残念ですが決して追いつきません。追いつくどころか苦しめられるのです。そしてその上司がそれを加速させます。評価という悪魔の奴隷になっているのです。評価が甘い果実に思えるのですが、実は麻薬です。巧妙に小さい時から洗脳されたものなので、おそらく脳の一番奥の海馬あたりに入った意識なのでしょう。

評価に苦しめられず仕事し、生活の糧としてその恩恵を最大化するのが仕事をする上で最も大事です。学校でもお寺でもなく、修行でもないのです。

仕事を軽くいい加減にすることを勧めている訳ではありません。追われないでほしい、そして社員を追い込まないで下さい。真剣に仕事してる彼らだけはこの呪縛から解放してあげたいのです。仕事から逃げたり、おろそかにする人達はその対象ではないことを最後に付け加えておきます。

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