若者を温存する社会であるべきではないのか?

以前、ミツバチがスズメバチに立ち向かう話を投稿したことがありますが、
このスズメバチに立ち向かうミツバチは全ておばあちゃんミツバチ達(働きバチは全てメス)です。それは命の時間の短いおばあちゃんミツバチが戦うことで、ミツバチの世界全体を考えると生命力のある若いミツバチを温存することが最適と考えたのです。実に合理的な行動パターンです。

日本社会をこれに当てはめると、正反対な行動パターンになっています。お年寄りを温存し若者に多くの労務を消費させるのです。
活力ある日本社会を実現し継続するのであれば、本来生殖の役割を終えた年配者が多くの犠牲を負い、負担のかかる業務を担うのが合理的と考えます。

極端な話ですが太平洋戦争における特攻隊員を若者ではなく、50歳以上の男性に担わせたなら、戦争に負けたにしても戦後の復興はよりスピーデイに進んだと考えられしより影響力のある国として発展できた可能性が高いと思われます。

多くの政治家が現役世代や未来を為というのであれば、現在の60歳以上の元気な人間に、誰もがしたがらない辛い仕事をさせるべきです。さらに私達年代が未来の子供達の為というのであれば、自分自ら率先してその役割を行うべきと考えます。

これを会社に置き換えすると、
例えば営業担当部門は
50歳過ぎの社員がほぼストレスもなく、雑用もなく、あるいは批判されることもない状態に甘んじ、ひたすら飲みニュケーションなどという訳の分からない習慣を行うのではなく、より最前線で競争相手や客先の無理難題をこなすべきではないでしょうか?

製造部門担当者の50代以上は指示する側に立つのではなく、より最前線の現場に立ち実作業に従事すべきです。司令塔は30代に任せ、消耗戦である製造現場で身を削るべきです。
そうすることで若い世代の負担を減らし、より働きやすく機能的職場を年配者が率先して実現する必要があります。
司令塔を任された30代は「過去の先輩社員の仕事の仕方、考え方、流儀」を破棄して新たな行動をとるべきです。

時代は明らかに世代交代を急がなければ未来の日本はありません。この国は明らかに世界に負けた我々世代が食い物にしています。どんなに我々世代が偉そうにしたところで一人当たりの収入は増えず生活が豊かになっていないの事実です。
そのことを自覚していれば、自ずと日頃行っている行動を変えるはずですが、決して変えようとしません。それどころか開き直る始末です。

私はミツバチの流儀を今すぐに始めます。自己犠牲が結果自分を生かすことなるからです。身を捨ててこそ、得られるのです。

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