どうも今年は梅雨が終わりのようです。日本人は身勝手なもので、雨が続くと、鬱陶しと嘆き、降らなけ水不足を悩む。
いいところはどんなに嘆いたところで、自然は人間のいうことには関係なく振る舞うところです。
暑い夏、暑い参議院選挙が始まりました。こんなに沢山の方々が政治家になりたいのかと感心させられます。何がそんなに魅力的なのかわかりませんが、本能なのかもしれません。
です。暑い夏の後が楽しみ
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今はAIブームです、それに合わせてデータセンターが作られていますが、毎日学習しているわけですから、いつか学習する量が減っていって、そんなに沢山のデータセンターはいらなくなる、という説を教えてくれた方と昨日あいました。
確かにその通りです、学習を中心とした稼働は減りますが、論理作業はAIの拡大と共に稼働が増えるかもしれません。それはどのロケーションでするのか?
AIのある意味事業になるのかいつまで続くのか?そんなに長くないのではないかと思います。
量子コンピュータの実現は何を社会にもたらすのか?その時のニーズはなんなのか、それを見据えて会社の方向性を今決めておく必要がありようです。
大きく広い視野を持ち、アリのように働く。
自分自身が考える会社運営と現実とのギャップに日々悩む毎日です。現場で働く社員にしてみれば、製造担当者も営業担当者も皆んな目の前のことが一番です。そんな状況の人からしたら社長の話など、現場知らず、世間知らずのアホ社長なんでしょう。
それぞれが見えてる世界が違うのでしょう。製造担当者の見えてる世界、そして望んでいること。営業担当者には営業の見える世界と望み。その為、それぞれの意見が対立します。
社長のいう目標やあるべき会社の姿は余りにも、遠くに見えるものなのかもしれません。社員からしたら自分達の目の前の問題を社長にぶっけます。ハァと思ってしまうのですが、それは仕方ないのです。
社員は目の前のことに夢中であっても、気が付いたら、「なーんだ社長の言っている通りになっている」ようにしてしまうのが、私の仕事なのかもしれません。そんな事を夢見て、今日も私は空回りを続けているようです。
本日から工場勤務者の採用の為、丸一日栃木県の高等学校訪問でした。人材不足は恐らく日本中に起きているのでしょう。ごたぶんに漏れず高校生への一人当たりの求人数は40社を超えるそうです。そういう中、当社に入社してもらうべき孤軍奮闘で採用活動をしてくれている担当者には感謝です。
中々、当社の規模・知名度・待遇では他社との競争では不利なのでしょう。それでも懸命に頑張ってくれている担当者からすれば、もっと強い武器が欲しいのでしょう。
これからの新卒者確保はやはり小規模ながら当社の魅力度・知名度を上げ、生徒から憧れもらえるような会社をしていかなければ、より厳しい状況が続きますし、人材確保は会社の存亡に関わる大事な課題です。
本日の学校訪問をしていて思うことは、私自身も含め当社の社員はみんな採用担当の苦労に感謝をすべきです。人手不足なんだから採用できて当たり前、自然に採用できているように現場は思っているかもしれません。人の目に触れることが少ない採用担当者の仕事は想像以上に厳しいと感じました。
工場でのもの作りの社員や営業社員の皆んなは、多くの人の目にさらされている為、仕事ぶりが見えます。しかしながら採用活動は当社社員が見ることはありません。
人材確保の活動はある意味営業以上に他社との競争が厳しく戦士と同じです。
人材確保が当たり前にできた時代はとうの昔に消えたのです。
ある意味人の目に触れない仕事を一生懸命していてくれる社員が当社に大勢います。何とかその人達の為にも、社員みんなで感謝できる会社にしていきたいと思います。
なので今ブログを見られた就職希望者の方々へ、当社に一度来て来てください。
世界は何百年も民族同士が憎しみ合い、そして今も戦争をしています。そこにはそれぞれ信じるものがあり、違うからです。日本では武力による戦争や争いはありません。だから幸せなの?と単純には納得できません。
家族の中、友人との仲、そして会社の中でのそれぞれの世界。そこには不満や不審から憎しみすら生まれます。相手の考えていることを知ったからと言って、受け入れる気にはなれないことのほうが多いです。
さて会社の中での人間模様を考えてみましょう。上司と部下の関係において非常にアンフェアな関係です。つまり、部下の評価(給与)の決定権は上司にあります。どんなに部下想いの上司に対しても、部下は遠慮、気兼ねをします。そして本音では話しません、何故なら機嫌を損ねたら、評価が悪くなり、下手すると仕事も取り上げられ、場合によってはグループから無言の排除を受けます。上司は上司でこの部下の心理を巧みに利用します。その前提は「自分は正しい」を全面に打ち出し、統制を図ろうとします。非常に姑息です。
もしも上司から部下の評価権限を剥奪したらどうなるのでしょう?その組織は機能するのでしょうか?つまり脅しという武器が取り上げられるわけです。
それほど部下と上司の能力の差がないのが現実です。ほんの少しの差を巨大なもののように見せ付けるのです。
評価権限(給与・仕事の配分)が無くなった上司のチームはどうなるのか?このような組織の上司をやりたい人がいるのかですが、もしこれが実現するのであれば、強力なチームが実現するはずです。
社員一人ひとりの考え、世界観を考え合わせるわけです。幅広い視野での発想から生まれる仕事の仕方が繰り広げられるわけです。
強いチームの特徴に「自ら考え行動する。」があります。言われたことをするのではなく、言ったことをやらせるのではなく、そこには一人の上司が想像もできない世界が生まれるでしょう。
日本社会にも分断と格差が生まれ、多くの人の間で目に見えない争いが起きています。自分には関係ないという無責任さがその争いを拡大させ、それは次の世代にも引き継がれます。
国と国との争い、民族と民族の争い、宗教と宗教との争い、経済と経済との争い、会社と会社での争い、そして社員と社員とでの争い。
私はそれぞれの世界観はそれぞれが持ち、その上でそれぞれが考え強力な行動力を備えた会社にしていきたいと思っています。誰一人取り残さない会社。
何度もブログに記載しますが、私は今年で67歳になります。明らかに年寄りなんでしょう。(不思議に自分自身はそうは思っていなくてまだ30代ぐらいの気持ちです。)ちょっと危険ですね。
そんな私がよく頭に浮かぶのはこの「鳥肌が立つほどの感動」です。日々の仕事の中で淡々とした毎日が繰り広げられれている会社、私から見ると正直、どうでもいいよなことに部下を叱り、あるいはそんなに大切でもなさそうな事を、後生大事に仕事をしている方々を見ます。それは社内、社外にもいます。
我が社にとって本当に今しなければならない仕事は何なのか?、あるいは取引先の方々が今しなければいけない大切な仕事は何なのか?分かっているの?と思いことが多くあります。
それだけ歳をとったのかもしれません。
この会社での仕事の仕方と、日本の政治家の仕事がどうしてもダブって見えます。同じ何です。自分のことしか考えていませんか?と問いたい。
当社が今しなければいけない仕事は新たな事業を立ち上げることです。それは将来自分や後輩そしてこれから入社されてくる人達のためです。今も大切ですが、それより未来が大切です。
それが実現したら、鳥肌が立つ感動が起きるはずです。
政治もそうかもしれません。本当に人間が幸せに生きることは長く生きることなのか?医療費が爆発的に拡大しています。命の大切さは地球より重いという言葉があります。
命とは何か?大切にすべき命とは何か?
給与の50%近くも税金と社会保険費で持っていかれる社会。これが望まれる社会なのか?
本当に今すべきことは何なのか?
そべては会社とは、仕事とは何なのか?そこからしか新たな事業はスタートできないような気がします。
社長の私のこの発言は問題発言になるかもしれませんが、
それでも
家庭も大切、自分の時間も大切、百も承知です。でも仕事って本当に限られた時間内でしないと駄目なんでしょうか?
人は早く走れる人もいれば、遅い人もいます。直ぐに文章が書ける人もいれば、中々書けない人もいます。直ぐに相手と仲良くなれる人もいれば、仲良くなるのに時間がかかる人もいます。自分のペースで仕事をするのはダメなんでしょうか?
何か会社の仕事が学校のテストと同じで、全員同じ時間内で答案を作成しないとダメな風潮があります。
会社の仕事は社員同士の評価の為にしてるのでしょうか?
確かに納期もあれば、社内でも仕事の期限はあります。時間を守ることの大切さは十分に承知した上で思います。
その期限を守れるのであれば、多少の時間差は許してもらえないでしょうか。
確かに賃金は時間で払うという基準もあります。
だから早く仕事をする人は賃金が安くなります。
仕事に時間がかかる人は賃金が高くなります。
働く人のストレスや肉体的負担を過剰にしない為にも、長時間労働が強制されることは避けるべきです。
私はこれまで人より仕事をする上で、作業時間が人よりかかる人間のようなので、早めに始めたり、人が帰った後まで仕事をしていました。俗にいうトロイのかもしれません。それでもなんとか依頼された仕事や自分の役割は人より多くも時間を使ってしまいましたが、責任は果たしてきたように想います。
現実的に難しいでしょうが
1日7.5時間が当社の就業時間です。
7.5時間で100の仕事をする人
6時間で100の仕事をする人
9時間で100の仕事をする人
100の価値が普遍ならば、同じ賃金を払うべきです。
これを実現するのは相当な困難が予想されます。
それでも
もし可能ならば仕事が遅い人にとっても、劣等感やストレスを感じること減らして仕事ができるのではないでしょうか。
昨夜、NHKのプロジェクトXで日本ラグビーを取り上げていました。世界の中で長年弱小チームの日本をワールドカップペスト8に入ることを目標に掲げた、元神戸製鋼、平尾さんの意思が後輩に引き継がれて2019年に達成した話です。
平尾さんはそれを見る事なく2016年に51歳で亡くなっています。
彼は34歳に日本代表監督になり、このワールドカップペスト8を目指し取組むものの、自分の考えが日本ラグビー関係者に受け入れられず、そのため結果も出せず、3年で責任を取って監督を辞任します。その彼の考えたラグビーは、「監督、コーチからの指示でプレイするのではなく、それぞれの選手が自分の頭で考えプレイする。」でした。指示待ち日本選手には中々理解されなかったようです。
平尾さんの後を受けて、日本ラグビーを強くしようとする協会理事の土田さんが、末期ガンで入院中の平尾さんを訪ねて意見を求めた時にに、平尾さんがこう言うのです。「物事全てラグビーボールのようにどちらにこぼれるかわからない、理不尽なものだ。どんなに頑張っても理不尽なものだ、そんな時はそんな理不尽なことに絶望するのではなく、笑ってしまえばいい。」
自分自身も末期ガンになる平尾誠二さんが、一番理不尽を感じ絶望感もあっただろう。そんな平尾さんがその絶望を理不尽を笑ってしまうと言う。
会社での仕事でも同じように理不尽の毎日です。それに肩お落とし嘆くよりも、笑ってしまえばいいんです。
やればできる。出来ないのやっていないだけ。
毎日仕事をしていると、不思議とこの罠にハマってしまいます。全然絶望的でもないのに、日常の小さな不満が連続攻撃で私を責めたて、多少の絶望感を浴びせます。
多く社員は周りの同僚と上手く事を進める為に、愛想笑いと忖度を繰り返す中、仕事に対して、楽しくない、この仕事向いてないのではという、側からみたら大した事のない小さな絶望感を毎日感じることになります。
そんな悩みを上司や同僚に相談すると、必ずこう言います。あなたは良くやってるよ、皆んなもそう思っているよと、根拠のない希薄な評価感情を発します。
本当の絶望は必ずやってきます。そしてそこで初めて、絶望感の中で希望が見えてきます。そこまで耐え続けることが大切です。
でず。です。。それまでは希薄な希望でも大切にしながら日々を過ごすこと