昨日、あるコンサルティング会社の社長が、新しい仕事をはやじめる時は必ず、最初に今の仕事でやらないことを決めるそうです。
少なくても新しいことを始めとなると、その時間が必要なりまう。これにより新たな仕事の時間を確保するそうです。
この明らかに当然なことが多くの人が行いません。これは学校教育の弊害だと私は思います。
学校の先生が今時間が無いと言い、労働時間が問題となっています。
教育委員会や文部科学省の指導要領などが問題視されますが、私は教員自身にも問題があると思います。教員ほど固定概念に凝り固まった人間はいません。生徒へ自由度を与えないと同様に自分にも自由度を持ちません。
おそらく中高生制時代、そこそこ成績が良かった彼らは教える側の先生からみたら、すこぶる扱いしやすい生徒です。それはその子たちが先生に合わせていただけです。
このように良い生徒を演じることで、学校の中で優位な位置を確保した彼らは、その後教員を目指すのです。
教員になった彼らは教員社会の中でも同じことを行います。結果より苦しむ事態を自ら招くのです。
このような教員に教育された社会人は同じように既存の守り捨てません。この日本社会は他の外国に比べ、経済成長もせず、どんどん遅れているのはこのように基本的なことができないことが原因だと私は考えます。
なのでまず初めに何をしないかを決める習慣を身に着けてほしいものです。
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