生きた証、死んだ証

先週からの大学病院での数多くの検査で何度か病院を訪れて思うことは、本当に年配者は病院とコーヒーショップに大勢いるということです。

今年で67歳になった私はいつまで働くのかと考えることが時々あります。そんな時なぜこの国は定年制度を作ったのかということです。それは長らく働いてきたので「お疲れ様、もうゆっくり休んで下さい。」ということを誰が言い始めたのかです。おそらく年寄りという人間は若い人に比べ、能力的に(脳・体力)に劣っているので世代交代させることで組織をより効率的に稼働させる為でしょう。それはそれで組織体を考えると合理的な考えです。

先ほどの病院に大勢いる年配者を見て思います。
今のあなたの生きた証は何ですか?年金が少ないとか体の調子が悪いとか、人生の終わりを身近に感じてそんなことがゴールなのでしょうか?

あなたは働く仕事があって幸運だという方も大勢います。その通りなのでしょう、今の自分があることに多くの方に感謝しなければならないのも本当です。
ならばこそ
生きた証としては、組織体の中で役割が果たせる限り、働き続けたい思います。そして組織体で役割が果たせなくなった時には、今度は別な世界でまた働く道を選びたいと思います。

そして確実に死んだ証も残したい。

多くの年配者が時間と時代の中で翻弄されている近頃、病院の待合室で考えさせられる今週でした。

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大政奉還から78年で終戦日を迎え、終戦記念日から80年を迎えて

昨日終戦記念日から80年になります。

江戸時代の終わりから太平洋戦争終戦まで78年間、明治政府を設立し近代化を進め、結果GDPの20倍も違う国と戦争までした日本国民と、戦後経済復興を果たし世界第2位の経済大国まで成し遂げた日本国民のどちらがこの国を豊かにしたのでしょう。

約同じ年月で成し遂げた内容があまりに違うこの2つの時代。
特に江戸時代260年間が続く中で、明らかに国の在り方制度は疲弊をきたし、そこで生きる人間には合わないものとなっていたのが江戸末期なのでしょう。つまり仕組みや制度はそれに拠って得をえる既得権者達はそれを守ることに汲汲になります。しかしその既得権者も結果的には時代の変化には勝てません。そして変革者が現れ仕組みを変えます。しかしその変革者もいつしか既得権者になってしまいます。
人間は不思議なものでそんなこと何千年も続くけているのにまだ分からないのです。
それは社会の在り方だけでなく、教育もそうだし、仕事の仕方もそうです。

変革者が現れ大政奉還後、既得権を壊し、新たな制度を作るものの、結果自分達が作った制度、仕組みに縛られ戦争を起こし国が滅ぶことになりました。
そして、今度は戦前とは正反対の方向からアプローチをして、この国を作り直そうとしましたが、戦後80年後の日本は制度疲労をおこしているのが分かっているのに、自己修正ができていません。
特に、政治家、学者、教育者、新聞社を含むマスコミ関係者は戦前も戦後も全く変わっていないのです。時代を正しい方向に導くことができると思い込み結局は既得権者でしかありません。

戦後教育者は子供達に何を教えてたのでしょう。戦前の教育を全否定をして真逆のことを教えます。その教育者の最大の罪は人の在り方を自分の頭で考えていないことです。文部科学省が悪いとかいう人もいますが、その前に子供達を前にした教育者に多くの問題があるのです。
学校職員は政府の被害者ではありません。明らかに当事者・加害者であることを自覚していないことが問題です。

恐らく来年の終戦記念日にも戦後81年を迎えてと今年のようにマスコミは報道するでしょう。そして次の年も変わらず続けるのです。いつまでこんなことを続けるのか?それはこの時代の多くの既得権者なのです。戦前の軍部や政治家や新聞者と一緒です。

私は自分にできることから始めます。自分の頭で考え、当たり前だと思うことを疑い、そして次の時代の為に自分の会社をどうのように変え、そして社員の在り方を変えていくのか?
当たり前や正しいと思うことを根こそぎ疑わないとこの日本社会のありように飲み込まれてしまいます。

自分の会社が窮地の陥ったりするのは時代のせいでもなく、私自身の責任です。そうならないようすることを国は助けてくれません。あくまで自分の責任であることを肝に銘じとおく必要を感じた1日になりました。

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明日からお盆です。

我が実家は神道です。神道ですがお盆をします。また不思議なのは10時に神主さんが来られ「のりと」を上げます。何ヶ月か前にもブログに書きましたが、神道では亡くなった方は家の守神になるのです。なので仏様になるわけではありません。でも迎えにいくといいます。神仏混合の日本の独自な文化なのでしょう。

日本に仏教が伝来してから、おそらく多くの家で行事の型だけが受け継がれいます。なので私の家でも仏さまを迎えに行くといいます。何度もいいますが仏教においてもお盆の制度は不思議です。つまりお墓に仏様はいません。仏教では亡くなった方は何百万光年先に行ってしまいます。なので年に一回帰るのは不可能なのです。

しかしながら人間は不思議なもので理屈とは違う心理で、たとえつじつまが合わなくても皆んなで多くの行事を行い続けるのです。

最初にお盆を始め、全国に広げた人はどんな人達なんでしょう。テレビもラジオもましてやスマホもない時代にこのつじつまの合わない行事を広げた人達は凄いと関心いたします。

もう一つ日本社会の不思議さは、他国のような宗教戦争が起きていない点です。現在では起きている紛争の多くは宗教絡みです。ロシア ウクライナの戦争にロシア正教が大きな役割を果たしいます。

宗教家の多くは、時の権力者を利用して自分達の宗教拡大を図り続けてきました。そこには人間の心を救うのではなく、宗教を利得を得る道具として拡大が歴史の中に多く見られます。

日本でも宗教は時の権力と結びつき拡大をしてきた側面はありますが、殺し合うような社会は作りませんでした。日本人の知恵なのかもしれません。

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働き方改革とは何か?

世は政府を挙げて働き方改革です。🟰労働時間の短縮や副業、テレワーク、子育てしながらの仕事の仕方、介護をしながらの仕事の仕方と、今の人達は全てルールを作り、それに合わせて仕事をしないとダメだと思いこんでいるようです。政治家にとっては恰好の法律作りの餌です。更にルールが無かった昔は働き手は不幸だったと決めつける始末です。不思議ですが私が小学生の頃は夕方17時ぐらいになると、小学校の先生がよく我が家に来てお酒を飲んでいました。学校で問題になったと聞いたことがありません。そういえば、歯科医院に仕事を抜け出し治療に行く人や、子供を学校に迎えにいくのでと、2時間ほど抜け出す人も沢山いました。その頃に時間休暇など聞いたことはありませんが、社員同時連携して仕事に支障をきたさないように思います。

企業は働き手不足もあり、従業員確保に躍起になっています。そしてこの「働き方改革」は免罪符のように扱われ撹乱されています。働き手はここぞとばかり、にわか知識を振りかざし、会社側に無理難題を要求。まぁ、経営者側も自社の働き方の軸を持っていないから、働き方改革を言われると全面降伏です。いつから日本人は自分で考えもしないこんなに馬鹿になってしまったのでしょう。社員や経営者は、訳けの分からない専門家と呼ばれる労働問題有識者の声を一生懸命聞きます。そして訳が分からない中、どうしたものかと労働者も企業側も悩むのです。自分達がどのように働き成果を上げていきたいのか、考えがないのです。
経営者は従業員を少しでも長く働かしたい、従業員は少しでも労働時間を短くして、給与を沢山手に入れたい、というイマドキ誰がそんなバカな図式を信じています。
働くのは自分達自身なのに、現場で働いた事もない専門家なる評論家もどきの話を聞きたがります。

働き方は各企業、各地域によって明らかに違うはずです。本当の意味での働き方改革は自分達で考えるべきです。自分達に最も最適な働き方を見つけ、常に改良していく自由さが働き方改革のはず。

今だに残業を悪いことのようにいう社員がいます。下手すると時間外労働しているのに、定時で仕事が終わらないのは恥だとか言ってタイムカードを打たないで仕事をする人。朝から残業するつもりでのんびり仕事をする人、まぁそう言う人から言わせれば、定時で仕事を終わらせなど馬鹿みたいという人もいます。

働くとはどういう意味なのでしょう。そういえば、ゴルフは自己申告のスポーツです。誰も何もいいませんが、スコアを誤魔化したりしたら、それこそ誰からも相手にされなくなります。
つまり誰かが見てる見ていない訳ではなく、誰かが管理しているから働くのではないはずです。会社と約束した成果を生み出す為です。

時々こんな人もいます。「そんなに一生懸命働いてどうするの?バカみた。」と発言する人もいます。その手の人を見ていると残念な人だなぁと思うのと、早く、そんなふうに考えなくて済む仕事や会社が、見つかればいいのにと思います。働きたくない会社や仕事をするのは不幸そのものです。

週休5日、土日祝日は必ず休み、1週間は40時間以内の労働時間(当社37.5時間)を守ることが本当に社員にとっても会社にとっても最適なのでしょうか?
人によってこの労働時間の運用が自由でいいいのではないか?目的は会社との約束の成果物を作り上げること。
だから今週は37.5時間の労働時間だけど、事情により月・火は午前中の仕事のみ、水・木・金は朝6時から勤務し、約束通り金曜日に成果物を完成する。そんな自由さがあってもよいのではないか?でも誰が管理するのとか、どうやって評価するのとか言い出す人もいます。更には不公平だとかいう人もいます。

本当に管理が必要なのか?そう思い込んでいるだけではないか?評価は結果ですればいいだけです。もっと言えば会社の仕事の多くはチームで結果を出すことです。チーム内であの人楽してズルいとか、不公平などというチームメイトが存在できる環境に問題があるのです。ゴルフは自己申告のゲームです。林の中にボールが入ると、多くの人は自分で判断します。神様が見ているがそこで起きるのです。だから多い人はズルをしません。ズルをしてしまった人は後悔を波を何度も味わうのです。

私達の会社は60人足らずの少人数の会社です。世の中でいう働き方改革とかではなく、それぞれの社員の事情に合わせ、その事情は年代毎にも違うでしょう。そう言うものを全て受け入れた中で、最大限の成果をあげられる仕事をしたいと思っています。そしてこのことを理解し受け入れる仲間たちと仕事を続けていきたいです。

政府に言いたい、日本人を甘く見ないで下さい。私達は私達の働き方で仕事をしていきます。決して邪魔をしないで頂きたい。8/12今朝も病院です。先週も今週も病院に時間をとられましたので、三連休は仕事をしました。自分のやれることを一生懸命に工夫すればいいのです。もうすぐ私の番が診察室から呼ばれそうなので、ここで終わります。待ち時間にスマホでこの文章が打てる時代は便利です。

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小さいことを積み重ねることが、とんでもない所に行く、唯一の道

。これはイチローの言葉です。大切に努力して出来る事を積み重ねる事で、私達の会社は誰もが想像つかない会社に作り上げたい。

壁というのは、できる人にしかやって来ない。超えられる可能性のある人にしかやって来ない。

から。私は思います、壁はありがたい。乗り越える勇気をもたらしてくれるから。

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我が魂に指示できるのは私だけです。

どうも人間の脳はストレスに弱いようです。特に他者からの言葉、態度に我の魂はよく聞いてしまいます、そして気にしがちです。我が魂に命令.指示できるのは我だけです。

我が脳は我のもの。身体を悪くするほどのストレスを私の許可もなく聞くとは、許し難き、主人への裏切り行為です。ストレスに負ける我が相棒の魂は許してはいけません。

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なぜ暑いのか?

昨日、76歳の方と小さいころ話をする機会がありました。
確かに私が生まれた家には「エアコン」はありませんでした。扇風機だけです。その当時あったいえの車にもエアコンがついていませんでした。
夜は蚊帳をつって窓を全開で寝ていました。

現在の熱のもの、エアコンの台数は何台稼働しているのか?
家庭で使用されているエアコン台数1億台*2000kcal=2000億キロカロリー(1時間当たり)
会社のエアコン数は何台なのか?
車の稼働台数は1億台ぐらい
その全てから発生する熱量だけで何キロカロリーあるのでしょう?

温暖化、CO₂問題色々あるでしょうが
明らかに私が小さいころと比較して熱を発するものは天文学的に存在するのです。
この触れてはいけない真実になぜ誰も触れないのか?

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栃木市の街にも新しい波が現れるものの、もっと自分らしく地元らしく。

栃木市内の住宅地にできた、「とちの葉」というラーメン屋さん。古民家をリニューアルしてオープンしたお店です。恐らく都内のコンサル会社が企画した案件なんでしょう。この手の古民家リニューアルがなぜかどこの地方に行っても、同じテーストに感じ、感動も驚きもありません。ラーメンは佐野ラーメンとは明らかに違いますが、都内でよく見かける絵柄の顔をしたラーメンです。昔、軽井沢に俳優の梅宮さんが出した漬物屋風です。

栃木市が活力ある街にしたいのならば、そこで住む住民その人自身が想い、描き、そして不器用でもいいので、自分カラーでやるべきです。そうしないならば運命を受け入れ歴史の中に埋没していくのも一つです。

江戸時代のこの地域の若者はどんな想いで街を作ったのでしょう。今の感覚と違い、江戸は2時間で行ける距離でもありません。そんなこの場所にここで生きる人達の街を作ったのです。その先人に負けない街を作る、観光ではなくその地で生きる人達の街作り。

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世の中に「変えたい人」「変えたくない人」が存在する事実

私は世の中の人は「皆、成長したい、変化したい」と思っていました。しかしながらそうではない人達が存在するのです。
時にはそれは文化という言葉で語られたりします。紙を無くそうと言っても、手書きの文字の大切さを言う人もいます。
契約書を電子化しようと言ってもなぜか、今も紙の契約書にこだわり人もいます。手帳もそうです。手帳を製造している企業、ハンコを作っている企業、それぞれ言い分があります。企業存続に関わります。
必死の抵抗です。当たり前です。死んでしまうのですから。
でも国内だけならそれでもいいですが
世界は待ってくれません。そして勝てると分かったら一気に攻めてきます。

これを一企業に置き換えても同じです。先輩から教えてもらった仕事仕方が正しいと思い、それを自社の企業文化といい、自分の仕事の仕方を変えません。それはそうです、変えたら自分自身の過去を否定することになります。絶対に変えるとは口が裂けても言いません。

それが自社内だけならいいんです。でも会社は競争の中で戦い生きています。そのような変化を嫌う人と心中するわけにはいかないのです。生き延びなければ全滅です。家族も自分自身の将来も大変なことになるのです。
そこで
「変えたくない人」とどう塩梅をつけるのか?
いつの時代も変わらないテーマです。

そういえば織田信長の家来に黒人がいたそうです。歴史上に少ない記録しかありませんが、あの時代に黒人を受け入れた織田信長。反発もあったでしょう、その既存のものの見方、考え方すら飲み込んでしまう視野広さと度量の深さ。

彼らにできて我々にできないはずはない。
この会社の中で実現したい。
そのためには「自分が変わることかもしれません。」

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合理性には多様な側面が存在する。

突然ですが、なぜ動物にオス-メスが存在するのか?一説にはウィルスに勝つ為に、常にDNAを書き換え、ウィルスに強い遺伝子を作り出し生き残るためにこの仕組みができたと言われています。おそらく長い生命の進化の中での合理的なのかもしれません。

しかしながらこの2種類の生命は時には非合理的な面もあります。更に言えばウイルスの進化のほうが早いため、人類はついていけていない現実も存在します。

会社は他社との競争の中で生きているため、より機能的な組織体を作り出すことは常に合理的な判断なのかもしれません。しかし時に、別な側面から見ると非合理的な場面も存在します。

生き残るためには常に外部からの影響を吸収し、その組織体自身が変化していくことが宿命なのが会社なんでしょう。
つまり変化に対応する合理性は組織体の本筋なのです。
過去の知識・経験とは違う判断基準が常に必要になるのです。
だから、世間では、他社ではなどの横並び意識では生き残れないのでしょう。

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