これは学校教育の弊害なのかと最近よく考えることが増えてきました。
まず勉強ができない子🟰ダメな子
勉強ができる子🟰良い子🟰扱いやすい子
だから多く親は先生の言うことをちゃんと聞いて、成績の良い子に成らせたがります。けどそれが本当に正しいことなのか?勉強ができない子は本当にダメなのか?勉強できない、要領が悪い子は人並み以上の生活ができないのか?そんなことはないはず、勉強ができるできないは時には相対的な評価もあります。
昨年40歳になる製造の社員がこんな事を話していました。その時大変忙しく、責任者は一人テンパリ、周りに怒鳴り散らしています。皆んな近寄りません、そんな時彼がこう言ったのです。「周りが見えない上司のもとでの社員は不幸になる。ちゃんと見れば上司が言っていることが、直ぐに間違いだと気がつくはず。結句言われた事をすると、結局手間ばかりかかり仕事が遅れるんだ。」と陰で言っているので、私が言ってあげればいいのに、と伝えたところ、「そんなこと言ったら、怒鳴られ、明日の私はありません。」との返事。その後その上司が言った指示に従った仕事は通常の2倍以上の時間を使うことになりました。
40歳を過ぎても怒られるから言わない。これが実態です、何も言わない方が安全なんです。でもチームとしての成果は明らかに劣ったものです。会社のチームがしなければならないのはチームが生み出す成果物価値を最大化することです。言うことを聞かせることでも、明らかに劣った指示に従うことでもありません。
このまま行くと上司の言う事よく聞く社員集団とそうじゃない集団ができます。よく聞く集団は学校で先生の言うことを良く聞く生徒と同じです。先生に都合のいい人間が作られます。社会出ても役に立ちません。
さてこういった状態の中から自発的提案を数多く出させるにはどうしたらいいのか?もしかしたら当社の問題でなく日本社会の問題かもしれません。
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